※ 5年がたちました。 妹紅の家の前にうえられたなえ木は、 妹紅の身長にならぶほどになりました。 妹紅は、男と竹やぶであったときに、本当にたまにだけれど、 家でお茶をごちそうになったりするようになりました。 今日も、そんな日のこと。 「あ、もこちゃんだ、こんにちわ! みてみて、うちのおにわの木。こんなにおっきくなったよ。」 妹紅は千代にとてもなつかれてしまいましたが、 うれしいやらこまったやら。 「もこちゃんの家のなえ木と、きょうそうだかんね!」 ※ 「こほっこほっ」口を手でおさえ、むすめがせきこみました。 「ほら、言わんこっちゃあない。」あわてて男がかけより、 せなかをやさしくさすってあげました。 「どうにもむすめは体がよわくていけない。」 男はこまったかおで言いました。 「さ、おうちに入んなさい。ちゃんとおいのりするんだよ。」 ※ 「千代のぐあいがわるくなったときは、あの木に おいのりをするんだ。するとふしぎなことに、 ぐあいがすぐによくなるんだよ。 まるでわが家のご神木みたいだね。」 妹紅が、にわにうえられた、かつてのなえ木を見上げると、 妹紅の家のなえ木とおなじように、 木はおだやかなようすで、まだちょっとたよりないけれど、 ゆったりと、そしてまっすぐに立っていました。 ※ 10年がたちました。 妹紅の家の前にうえられたなえ木は、 家とおなじくらいの高さになりました。 「もこちゃんだ、こんにちわ!うへへ、 いつのまにかもこちゃんに追いついちゃった。」 はにかみながらそういった千代も、なえ木にまけず、 ずいぶんと大きくなりました。 ※ 「うらやましいな。」妹紅は言いました。 「わたしはほら、こんなだから。 おっきくなっていけるのって、いいなって。」 「あ……ごめん。」 「ううん、千代ちゃんがあやまることじゃないよ。 千代ちゃんは……もっとわたしがうらやましくなるくらい、 きれいでおっきくならないと、ね?」 「そだね。うん、あたしがんばるよ!」 ※ 15年がたちました。 妹紅の家の前にうえられたなえ木は、 ずいぶんとりっぱになりました。 最近、竹やぶで男を見かけなくなりました。 妹紅はしんぱいになり、ゆうきを出して 男の家をたずねてみることにしました。 男はにわの木の前にいました。 「ああ、おじょうさんか。こんにちわ。」 そう言った男は、とてもふあんなかおをしていました。 ※ 男は、うつむいて言いました。 「千代がたおれてしまってね。 いつもより治りがおそいから、ちょっとしんぱいなんだ。」 そこまで言って男は、はっとかおを上げて妹紅を見ました。 「そうだ。千代に会ってあげておくれ。 あの子もきっとげんきが出るだろう。 おじょうさんにえらくなついているからなぁ。」 ※ 妹紅は、家の中に入りました。 そこには、ふとんによこになっている千代ちゃんがいました。 「千代ちゃん、おからだどう?」 「あ、もこちゃんだ。うん、さっきまではちょっとつらかったけど、 今はだいぶげんきだよ!」千代ちゃんは明るく言いました。 でもひたいから出るあせや、そのわりにしろいかおいろや、 おちつかないいきづかいは、まだあまりよくないことを とおまわしにつたえていました。 ※ 「わたしはね、もこちゃんがうらやましいな。」 妹紅はちょっとびっくりして、「えっ?」ときき返しました。 「わたし、体よわいから。うーんと遊んだり、したいなって。」 「すぐにできるよ。ほら、そんなことばっかり言ってると おにわの木にもまけちゃうよ?」 妹紅は、ふあんにさせてはいけないと思い、 じぶんにできるせいいっぱいのえがおで言いました。 「そだね。ん、わたしもはやくよくならなくちゃ。」 千代はほほえんでそういって、しばらくしてねむりにつきました。 ※ 千代がねむりについたのをみとどけて、 妹紅が男の家の外に出るころには 外はすっかりくらくなっていました。 妹紅がにわの木を見ると、男が木の前でおいのりをしていました。 「神さま、おねがいです。むすめがはやくよくなりますように。 どうか、おねがいします。」 ※ 妹紅が家にいるあいだ、ずっとおいのりをしていたようです。 千代のぐあいが悪くなるたびに、いつもそうしていたのでしょう。 今はとくに、千代がおいのりできない分、しんけんに。 妹紅は、男にきづかれないようにそっと、男の家をあとにしました。 千代が亡くなったのは、その?日の夜でした。 ※ 「なにがご神木だ。千代を、千代を返しておくれ。」 男はなきながら、木をたたきました。 「なんで、なんで千代がこんな目にあわなければいけないんだ。 千代が、千代がなにをしたっていうんだ。」 いたいくらいのさけびが、あたりにひびきわたります。 ※ しばらくして、男は小さなこえで言いました。 「いや、そうじゃない。わかってるんだ。 お前だってつらいよな、なにもできなくて。 見まもってることしかできないのは、お前もおなじだったよな……」 男は木にかたりかけるようにそう言い、あとはひたすらに なみだをながしつづけました。 ※ み近な人が亡くなるのは、ひさしぶりのことでした。 でもなみだはながれません。 ただ、また一人わたしをおいていっただけ。 千代がしんじゃったのはかなしいけれど、いちばんかなしいのは、 それがすごくかなしいわけじゃないこと。 わたしは、今いきているんだろうか。 この木は、いきているんだろうか。
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