妹紅と2本の木
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30年がたちました。
うえられたなえ木は、ちょっとはなれて見ないと
てっぺんがどこか分からないくらいに大きくなりました。
そのおおきな体であびる、はるか高くでかがやくおひさまの光。
妹紅が男とさいごにはなしたのは、そんな夏の日のこと。
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妹紅が男の家をたずねると、男はいろりのまえですわっていました。
「ああ、おじょうさんか。ひさしぶりだね。」
男は妹紅に気づくと、かおをくしゃくしゃにして言いました。
「ちょうどいいときにきてくれた。話しあいてがほしくてね。」
妹紅は、なんとなく、いつもとようすがちがうことに気づきました。
「わたしもそろそろ、千代のところにいく日がちかいようだ。」
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「わたしはおじょうさんがもう一人のむすめのようにおもえるよ。」
男は、ぽつぽつとひとことずつ、ゆっくりと言いました。
「おじょうさん、生きておくれ。今はわからなくてもいい。
死ねないことは、生きていることとおなじじゃないんだよ。」
そうえがおで言った男の顔は、だけどなぜか、
妹紅にはとてもかなしくおもえました。
そしてしばらくして、妹紅が男の家をのぞいたとき、
そこにはこときれた一人のなきがらだけがありました。
妹紅は、男のなきがらをにわの木の下にうめてやりました。
そこが、千代がいるばしょでもあったからです。
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50年がたちました。
妹紅の家の前にうえられたなえ木は、りっぱな大木になりました。
男の家のにわの木も、同じくらいりっぱな大木になりました。
でも、そこにはもうだれもいません。
かべははがれ、わらはとび、いまにもくずれそうな、
だれもいないいえだったものがあるだけ。
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70年がたちました。
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80年がたちました。
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90年がたちました。
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100年がたちました。
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木は、みどりでおいしげり、あかくいろをかえ、ちって。
それをただただくりかえすだけ。
もう、育っているのかどうかも、なんだかよくわかりません。
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なつの日の夕ぐれ。
妹紅は、ひさしぶりに男の家があった場所をたずねました。
そこには、大きな木がひとつ。
もうそこに、家はありませんでした。
かぜにふかれ、雨にぬれ、いつのまにかきえてしまいました。
木は、ただ一人でずっと、そこにいました。
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木は、どんな気もちだろう。
千代が死んで、男が死んで、まもっていた家は消え。
それでも、じっとそのばで立っているだけ。
うごくこともできず、ただただみまもりつづけて。
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もしもこのせかいがこわれて、なにもなくなったら。
私はそのせかいで一人になるだろう。
なにもできなくてずっとういているんだろう。
ふとそんなことをかんがえて、なきたくなる。
わたしがこの木だったら、どんなきもちだろう。
ずっとうごけなくて、ずっと立っているだけで。
ずっと、ずっとそんなことが、ずっとつづくんだ。
(この木は、生きているんだろうか。)
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妹紅は、どうしようもなく、木がかわいそうになりました。
「死ねないことは、生きていることとおなじじゃないんだよ。」
男の、むかしのことばがあたまのおくにうかびました。
(この木は、生きているんだろうか。)
うごくこともできず、ずっと一人で。
死んでいないだけで、生きているといえるんだろうか。
(この木は、生きているんだろうか。)
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妹紅は、たいまつに火をつけました。
わたしとこの木は、いっしょだ。
でも、一つだけちがうところがある。
生きられないのなら、せめて、ねむらせてあげよう。
この木には、おわりがあるんだ。
妹紅はたいまつの火を、そっと木のねもとに当てました。
火は、おとを立ててもえあがりました。
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そのときでした。
木からたくさんのとりが、ばさばさとびあがりました。
おどろいたように、びゅんとそらへ上がり、
そらから木のようすをみています。
ついで、虫たちがぶーんと、火のこをよけるように、
ちらちらとあたりをとびはじめました。
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「生きていたんだ、木は生きていたんだ」
妹紅ははっといきをのんで、
自分がしたことの大きさに気づきました。
木は、けっして一人ではなかったこと。
ここで、とりや、虫や、たくさんのいきものたちと、
せいいっぱい生きていたこと。
この木は、生きていました。
自分ができることを、いっしょうけんめいに、
ずっと、ずっとくりかえして、木は生きていました。
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「生きていないのはわたしだけだったんだ。
死ねないことを一人でかなしんで、みんなからにげて、
ずっと一人でいようとした。
わたしは生きてなんかなかった、
ずっと死んでいないだけだったんだ。
わたしはばかだ。わたしは、わたしは……」
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妹紅は、あわてて火をけそうとしました。
でもあたりには水も、川もありません。
火はどんどんもえ上がっていきます。
「おねがい、止まって。おねがい……」
火はついに木をつつみこみ、まるでそれが一本の
木であるかのように、はげしくもえ上がりました。
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「ごめんなさい。ごめんなさい。」
妹紅はこえを上げ、わんわんと泣きました。
そのなみだは、火をけすにはあまりにも小さくて。
火はたかく、そらたかくのぼり。
あたりにはパチパチと火のこがはぜる音と、
妹紅の泣きごえだけがひびきわたりました。
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やがて、妹紅の涙をおおいかくすように、
ぽつ、ぽつとあめがふりはじめました。
あめは妹紅のなみだも、とびちる火のこも、
すべてをあらいながしていきます。
だけどそれは、かの女のしたことをおおいかくすには
あまりにもおそく、あめが上がり、そこにのこったものは、
いまだやまない小さなあめと、かすれたこえと、まっくろな木。
妹紅は、ただひたすらになみだをながしつづけました。
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半年がたちました。
妹紅はせなかに、もてるだけの炭をしょっていました。
「これくらいかな。……よし。」
妹紅は、村へむかって、ゆっくりと歩きはじめました。
かの女を見おくるように、にわさきには
大きくてりっぱな、一本の木がありました。