さとパル・ランナウェイ

  

※
私はあいつが嫌いだ。

いつだって私の心を見透かしてる。
私の喉が渇いたら、真っ紅なレモンティーを淹れてくれる。
私のお腹が空いたら、いい匂いのクッキーが焼けている。
私が眠たくなったら、ふわふわの毛布をかけてくれる。
いつだってそうなんだ。
私が考えてることは、全部お見通し。

そのくせ私の中の思いには、決して触れてこないんだ。
周りで誰かが幸せそうにしている。自分が惨めになる。
周りにみんながいるのに私だけ一人。皆が恨めしくなる。
いつも何かに負い目を感じて、いつも何かを見下して。
ぐるぐると、ただぐるぐるとしているそんな私に、
あいつは黙って、優しい笑みで。はい、と一杯のレモンティー。

何もかも気づいてるくせに、
何もかも見通してるくせに。

あいつは何も気づかない、そんな優しさを演じてる。

あいつを好きな子がいたら?考えるだけで気が滅入りそう。
あいつに好きな子がいたら?考えるだけで気が狂いそう。
きっとこんな思いも見通されてる。
バカみたいに幼稚、まるでただの駄々っ子だ。
それでもあいつは、ただただ優しく笑ってくれる。
くそう。

私は、あいつが好きなんだ。


※
「パルスィ?」

はっとして振り返る。どうやら夢を見ていたみたいだ。
ふんわりと香るレモンの匂い。

夢のことを考えないように頑張ってみる。
けど、頑張ってみること自体、
考えてるのと一緒なことに気づいて
すぐに嫌気がさしてきた。

「ほら、紅茶入れたの。美味しいわよ?」

カップを口元まで運ぶ。少しだけ甘くて、酸っぱい味。
どうせホントはあきれ返ってるんでしょう。
それでも、あいつは叱らない。

「どう?美味しいでしょ、今日のは自信あるんだ。」

そのカップを床に落とす。カシャン、と小気味のいい音がする。
どうせ……どうせ……。
それでも、あいつは驚かない。

「やめてよ……」
(やめてよ)

「パルスィ?」

「やめて、お願いだから、もうやめて。」
(やめて)

「どうしたの?」

「いい加減にして!」
(嘘をつかないで)

「本当は全部知ってるくせに!」
(見ないで)

「私が何考えてるか知ってるんでしょう。」
(聞かないで)

「私がどれだけ汚いこと考えてるか分かってるんでしょう。」
(まともでいさせて)

「これ以上私を惨めにさせないで。」
(きれいでいさせて)

「これ以上私にかまわないで。」
(ごめんね)

「あんたなんか……」
(ごめん)

「だいっきらい。」
(大好き)


※
立ち上がって、走り出す。
長い廊下を延々と。
まるで終わりのない回廊のよう。
ぐるぐる、ぐるぐると駆け巡る。
何か考えようとするたびに、速度を上げて押さえ込む。
まるで光のような速さで、けれど時間はカタツムリのよう。
どれだけ経ったのかも、どれだけ走ったのかも分からず、
ただただ高速のスローモーション。
ここはどこ?私は誰?
そんな風になれたら、どれだけ楽だろう。
それだけ綺麗になれたら、どれだけ素敵だろう。

玄関を突き飛ばし、階段を勢い良く駆け下りる。
そのままどこまでも走っていけたら、消えてなくなれるだろうか。
がっ、と足がもつれる。
そのまま勢い良く転げ落ちる。
ああ、なんて酷いんだ。
シンデレラも演じられない。
どこまでも惨めで、どこまでも醜くて。
どてっ、とそのままうつ伏せになる。
思わず笑いが零れ落ちる。

「パルスィ。」

はっと振り返る。そしてすぐに顔を伏せた。
とどめの追い討ち。ゲームオーバー。

「ああ、膝から血が出てるわよ。」

膝の痛みは感じない。それより痛い心は、
きっと血どころか涙を流してるだろう。

「ごめんね。」

まだ私を惨めにさせるの?
なかなかにサディスティック。

「そんなつもりじゃないわ。」

じゃあ何だって言うんだろう。
同情?哀れみ?全部同じだわ。

「ごめんね。」

だからなんで謝るの。
お願いだから一人にさせて。

「嫌だよね、わたしみたいな変な子。」

嫌なのは私。
私は私が嫌いなの。

「私もね、自分が嫌い。」

そりゃこれだけ汚いものを見せられたらね。
私だってそんな力、嫌になるわ。

「どれだけ『これ』を恨めしく思ったことか。」

あらあら奇遇ね。
私もその目、だいっきらい。

「でも、今だけはとっても素敵って思ってる。」

こんな私の心が覗けて?
さぞかし面白い見世物かし……

ぎゅっ。

「私も大好きよ、パルスィ。」